57年間の営業を終えた新橋の名店「トニーズバー」の扉が再び開いたのは、2010年4月のことだった。「T.O」と名を変えたカウンターに立つのは、越智卓さん。オールドボトルが並ぶ壮観なバックバーを引き継ぎ、ほぼ変わらない姿を残した。最後のチーフバーテンダーを務めた越智さんを目にしたとき、常連客は心から安心しただろう。
越智さんがシングルトンに出会ったのは、国立のバー「ヒース」を営む大川貴正さんの下で働き始めて1年目の頃。客からこのボトルを勧められ、ウイスキーの美味しさに目覚めた。上品な甘さがあって、柔らかい飲み口。スペイサイドのオスロスク蒸留所で生産されたウイスキーだが、その発音がスコットランド人以外には難しいため、1986年に12年ものをリリースする際、シングルトンという銘柄になった(※)。
それから興味を持ってウイスキーの本を読み始めると、“トニー”の愛称で親しまれた松下安東仁(あんとにー)さんの店へ大川さんが案内してくれた。ちょうど目の前には本に書いてあった貴重なボトルが置かれてあり、ただ飲んでみたくて店主に声をかけた。
「君はいくつだ。これを飲んで、味がわかるのか」
なんとか飲ませてもらえたものの、恐縮して味は覚えていない。しかし、やがてトニーさんに師事し、後任となった妹のベッティさんと共にこの場所を守り抜いた。
Tはトニー、Oは大川と二人の師匠の名を付けた自身の店。間に入るドットは赤色で、ベッティさんを表している。シンプルなロゴだが、その思いが客人の心を温かくする。
※ 1997年よりディアジオ社の所有となり、「オスロスク」の名で発売することに。以降、頭に「シングルトン・オブ~」と付いたシリーズがグレンオード、ダフタウン、グレンダラン蒸留所から登場している。
Bar T.O 越智 卓氏
東京都港区新橋1-4-3 芝ビルB1F
03-5537-0546
16:00~00:00
日・祝休み
※店舗情報は取材時のものです。営業時間帯等、変更されている可能性がありますのでご了承ください。
絵:佐藤英行
文と写真:いしかわあさこ