その一杯を供するとき、バーテンダーは何を思いグラスに注いでいるのだろう。ただ差し出すのではなく、酒を生んだ人や土地、文化の香りまでもが身体の中で息づくような体験を飲み手に与えてくれるのは、浅草・花川戸に佇む一軒のバー。ゲール語で“扉”を意味する店名を、しみじみと感じずにはいられない。
2013年6月、中森保貴さんはフランス・コニャック地方のフシニャック村にあるローラン・ピナールさん宅へと向かった。「ギィ・ピナール」は、コニャックの生産地域で最も良い土壌とされるグランド・シャンパーニュ地区に隣接するファン・ボア地区の畑から造られる。3日間の滞在中、一家と親交を深めながら、2年後に訪れる自身の店の10周年記念ボトルを選ぶ機会に恵まれた。
フォル・ブランシュ100%。コニャック地方で1%しか育たないブドウ品種が、一等地の農家でさえ不可能だったビオディナミ農法で造られ、琥珀色に生まれ変わって貯蔵庫の樽に眠っている。みずみずしく、元気が湧いてくるようなコニャック。少量生産で日本へ輸出できないものをローランさんが分けてくれたのは、中森さんへの信頼と愛情に他ならない。ローランさんも中森さんの住む浅草へ毎年訪れ、“扉”を開けていることからもその思いがうかがえる。
翌年には1年のうち1日しかないブドウの収穫日を目指して旅立ち、ギィ・ピナール家とその友人たちと共に手摘みした。丹念に収穫した、皮が薄く割れやすい繊細なフォル・ブランシュ。それらは、やがて20周年の記念ボトルに込められるはずだ。
BAR DORAS 中森保貴氏
東京都台東区花川戸2-2-6
03-3847-5661
19:00~02:00(土・日・祝18:00~02:00)
水曜・第3火曜休み
※店舗情報は取材時のものです。営業時間帯等、変更されている可能性がありますのでご了承ください。
絵:佐藤英行
文と写真:いしかわあさこ